日本には古来たいせつにされてきた文化がたくさんあります。「色」もそのひとつ。人々は一日、あるいは一年(四季)のうちに緩やかに変容する色、すなわち自然界の色素を見て、色名を付け、歌に詠み、衣服を染めて、色の記憶をつむいできました。そうしたことは、文字に残る記録上、万葉の時代に始まったとされます。1300年前と今とでは見る景色はまるで違いますが、花びらや樹皮、葉や根、鉱物などから染め出した色は、古代の人々も現代の私たちも“同じ色”を見ているのではないでしょうか。そんな「日本の伝統色」から奈良ゆかりの色を紹介します。
纏向遺跡、万葉集、東大寺などにゆかり
紅花から生まれる鮮やかな赤
(紅花)
本稿を書いているのは5月22日。まもなく、七十二候「紅花栄」です(2025年は5月26日~)。
紅花から染める紅色は、「くれない」「べに」と称する鮮やかな赤系の色です。秋に多くの人を魅了する紅葉にも、この字が充てられています。しかし、紅葉したカエデの葉をいくら揉んでも紅には染まりません。
紅に染めるには、その名の通り、紅花を使います。
古代エジプト第18王朝のファラオであったアメンホテプⅠ世のミイラに紅花が添えられていたように、アフリカ大陸北東部を原産地とする植物です。
2007年10月、纏向遺跡(桜井市)の3世紀中ごろの埋土から、当時の日本に自生するはずのない紅花の花粉が検出され、「卑弥呼も使った? 古代の赤 ベニバナ花粉が大量出土」(朝日新聞)などと報じられました。
紅花は染料や紅(化粧)などに使われたことから、古代の纏向に染織工房があり、紅花の染色液のなかの花粉が地中に残ったのではないか、と想像することができます。
人々も紅花の花びらで鮮やかに染まる色に親しみ、『万葉集』には「紅の花にしあらば衣手に染めつけ持ちて行くべく思ほゆ」(あなたが紅の花だったら袖に染めつけて持っていきたい)など、紅を詠んだ歌が収められています。
紅花は山形県が一大栽培地。染料や着色料のほか、種子からは食用油が搾れ、観賞用の生花としても栽培されています。
また、東大寺「修二会」(お水取り)で飾られる椿の造花は紅花で染めていますし、正倉院宝物のなかには紅花で染められた着衣などが収められています。