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大納言塚(豊臣秀長墓所)/大和郡山市

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豊臣秀吉の弟(異父弟とも)である秀長の墓所。高さ約2mの五輪塔で、周囲をクスノキなどの巨樹に守られています。

 

秀長は、天正13(1585)年、和泉・紀伊・大和の100万石の所領を有して、大和に入り、郡山城主に就きました。天正15(1587)年の総大将として出陣した九州平定の功績により、「従二位権大納言」に栄進。「大和大納言」と称されたことから、この墓所名があります。

 

秀長は天正19(1591)年、51歳で没しました。当初は秀吉建立の大光院で菩提が弔われましたが、後に菩提寺は京都の大徳寺の塔頭として京都に移築され、秀長の位牌は東光寺(のちの春岳院/大和郡山市)に託されました。

 

当地の墓所は荒廃していましたが、江戸時代の安永6(1777)年、春岳院の僧や郡山の町民たちが協力して、五輪塔を建立しました。そこには秀長の戒名「大光院殿前亜相春岳紹栄大居士」と刻まれています。

 

智将とも呼ばれた秀長にちなみ、お墓参りができたお礼の後、墓所の門前にある石造りの“箱”の中の“トンネル”に白い砂を、名前と願い事を言いながら、3回通すと、願い事を聞いてくださる、とか。お試しください。

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