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修験道の開祖・役行者(役小角)とは何者か?

山岳での険しい修行を通して自然を崇める信仰「修験道」の開祖・役行者(役小角)とは何者か? ゆかりの地を訪ねてみませんか。

(『大和名所図会』山上嶽の窟道)

 

奈良県内で登山をしたり、寺社をお参りしたり、文献やWEBサイトを渉猟したりしていると、ある御仁によく出会います。役行者(えんのぎょうじゃ)、役小角(えんのおづぬ)と呼ばれているその人物は、7世紀に実在したようですが、「鬼神を自在に操った」「流刑先の伊豆大島から毎晩歩いて海を渡り、富士山に登った」など、超人的な言い伝えは数知れず、半ば伝説化されています。

 

山岳での険しい修行を通して自然を崇める信仰「修験道」の開祖とされ、どこまでが史実で、どこからが伝説なのか、はっきりとしたことはわかっていませんが、今でも神聖視されるのは、それだけの魅力と引力があるから。謎多き超人の横顔に迫ります。

 

伝わるところによると、舒明天皇六年(634年)に大和国葛城の茅原郷(現在の奈良県御所市茅原)で誕生。10代で孔雀明王の呪法を学び、その後、金剛山や大和葛城山、熊野や大峯で山岳修行を重ねました。そして、金峯山で金剛蔵王権現を感得し、修験道の基礎を築いたことから「修験道の開祖」といわれています。

 

平安時代初期に成立した奈良時代の勅撰史書である『続日本紀』には、「役君小角流于伊豆島 初小角住於葛木山 以咒術稱」(役君小角を伊豆大島に配流した。そもそも小角は葛木山に住み、呪術で称賛されていた)などとあります。信頼できる正史に書かれた、唯一と言える記述です。

 

その他の史料、例えば『日本霊異記』では、

・雲に乗って仙人と遊んだ

・鬼神を自在に操った

・金峯山(吉野町)と葛木山(御所市)の間に橋を架けようとした

・伊豆大島から毎日海を歩いて渡り、富士山に登った

・道昭法師が新羅国で五百の虎に講義をした際、虎にまぎれて唯一の人間として聴講していた

など、「ほんまかいな」と言いたくなる、マンガのような超人として登場します。

 

また、昔話『奥田の一つ目蛙』では、役行者(役小角)の母・刀良女(とらめ)が登場します。現在の大和高田市の奥田の蓮池で、刀良女が何気なく投げた萱の茎が、金色のカエルの片目に刺さってしまい、刀良女はそれを深く気に病み、とうとう亡くなりました。そのことを知った役行者(役小角)は、吉野山でカエルを供養した、ということが伝えられています。

 

なお、金峯山寺の蓮華会は、「役行者が産湯をつかったと伝えられる大和高田市奥田にある弁天池」の蓮の花を蔵王権現に供える法会として、毎年7月7日に行われています。

 

奈良県内では、史実とされることから伝承にとどまるものまで、あちこちに役行者(役小角)の足跡を見つけることができます。それは峻険な山・崖・谷だったり、滝や樹海だったり。役行者(役小角)の真似はできないかもしれませんが、その一つひとつを訪ね歩くだけでも、立派な修行になるはずです。

 

【役行者ゆかりの寺社・スポット】※それぞれの詳細記事ページとリンクしています。

<寺社>

金峯山寺(吉野町)

櫻本坊(吉野町)

大峯山寺(天川村)

龍泉寺(天川村)

宝山寺(生駒市)

千光寺(平群町)

松尾寺(大和郡山市)

 

<スポット>

大峯山(大峯奥駈道)1

大峯山(大峯奥駈道)2

金剛山

葛城山

生駒山

祈りの滝

 

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